美への憧憬 ぽもをもを

美への憧憬    松本清張、ゼロの焦点

 登場人物
 江里子、ホシ
 刑事、俺
 相方、柴田
(ワトソン役、読者よりも少し知能が低い)
 女の旦那、村田
 旦那の父親、老医師、村田敏夫
 害者、整形外科医

 1 殺されている。

 発見場所は日曜日の病院、診察室にあったメスで眼球を抉られるものだった。手術用のメスで顔を切り刻まれている。凶器はそれ、首筋も切られている。死因は出血多量。         
 何故か、カルテが一切合財なくなっていた。
 盗られたものは他に見当たらない。
 日曜日は診察は休みである。
 格闘の形跡あり。
 月曜日の朝、出勤してきた看護婦が第一発見者。病院の鍵はドクター自身が開け、かける。
 来てみると既に鍵は開いていた。
 鍵をこじ開けた形跡はない。ピッキングか。
       
 患者の線も当たってみたいのだが、カルテがなくてはどうしようもない。恐らく、夥しい数の人間が捜査線上にあがるだろう。
 白い粉を撒いて指紋調査
 豪遊、博打の負け
 

 2 凶器は    温泉の置物、普通は皿しか作らないのを無理に頼んで作ってもらった有名な陶工の作。刃物もプロの板前の使う特殊なもの。
 捜査一課。
 
 死体発見場所は? 
 刑事は基本的に常に二人、一組で仕事をする。
 相方は「上」を諦めてしまっているから、あまりやる気がない。
二年ほど前、飲酒運転でパクられた。署内でもみ消されたから表沙汰にはならなかったが、これ以上の出世は望めない。
 妻子を養うだけの給料をもらい、あとは面白おかしく過ごせれば、それで良いと考えている。
 公務中に競馬のラジオ中継をイヤホンで聞いていたりする。

 
(シキ、被害者と犯人の関係)
 所持品や歯形、顔写真により害者の身元はすぐ割れた。
 福岡章一、三十八歳。独身。職業は美容整形外科医。
 カネまわりは良かったらしい。

 凶器は? 
 犯行の動機は? 
 調べることは山ほどある。
 すべて、ひとつずつ崩して行かなければならない。
      
 
 3 温泉は調べがつく。
 x月x日、お泊まりのお客さんの部屋か置物と貸した包丁を返してもらえない。包丁はともかく、置物は返してほしい。

 清流館、豊島屋。奥麗の湯。リウマチ、腰痛・・・に効能あり。 五代目、女将、豊島彩子。
 置物と包丁の写真を見せる。
 本当なら一泊して、ゆっくり湯につかりたいところだが、そんなわけにもいかない。我々はとんぼ返りで   に舞い戻った。
 子供の頭くらいの大きさの置物。カバンに隠せない大きさではない。
 旅館の廊下には名は判らぬが季節の花が豪華な花瓶に生けられていた。

 4 宿帳から全員の名前を割り出す。
   指紋と照合

 5 一致する人物がいる。
   しかし、アリバイがある。
   重要参考人として呼び出す。

 6 柴田「指紋が一致しているなら問題ないでしょ。あとは自白だけすよ」

 7 動機がない。ゴムの痕も気になる。粒々のゴムの痕は軍手のものと判明。指紋がついているのに軍手をしていたおかしいのではないか。
 ライバルの女に顔を整形した事実は発見されなかった。第一、アリバイがある。
「捜査なんて無意味の積み重ねだよ。シラミ潰しにやってくしかねえだろうが」

 捜査は壁にぶちあたっていた。
  
 8 再度、メンバー全員を洗い出す。

 9 一人だけアリバイのない女がいた。

 10 意外な事実の判明。女は殺された医師の紹介で知り合った。   接点。
   殺されたのは整形医。女の過去を洗う。
 嫁と息子の仲を取り持ったドクターが殺された。新聞で知る。犯行時刻の嫁の不在。
 害者にカネを貢いでいた女が浮かび上がる。
 村田医師とはどこで接点を持つ? 
            
 
 11 整形の事実はあるや、なしや。カルテは存在しない。
   看護婦もいちいち覚えていない。整形前の顔は多少、覚えていることもある。

 12 尾行。                     
   女は二十代後半とまだ若い。子供を両親に預けて旦那と二人。もしくは一人でクラブ遊び。
 クラブで踊っているとき、鼻が光る。
「それだ」

 13 森川「権威」に鑑定を頼む。
   クロ。

 14 自白。
      
      
                              
 病院の壁の鏡。関東退役軍人会。
 息子に嫁を紹介した男が殺された。

 村田老医師、油絵を描く。
 油絵用、イーゼル。

 女、自宅で殺す? 
                              
 ライバルの女と温泉旅行に行く。指紋のついた置物、刃物、-凶器。
「そのトリックはどこで思いついたんだ」
「何かの推理小説で読みました」
「何て本だ」
「忘れたわよ。私たち素人が見つからないように人を殺そうと思ったら推理小説にヒントを求めるのは当然じゃなあい」

                           
 XX県警、覚醒剤もみ消し事件。

 ドアの隙間から嫁の顔がタテ半分に見えた。愬えるような目つきだった。

 化粧

 患者(クランケ)      
 ステルベン(亡くなる)

 昨今は男でも、女でも髪を染めるくらいの気易さで整形をしやがる。就職試験のために顔を弄るヤツだっているそうじゃないか。
 あの医者も相当、儲けていたんだろうな。

 自分で女を料理する腕がない。
「僕も紳士ですから」が口ぐせ。
          
 嫁と姑との不仲。入籍したんだから本当のことを言えば良いじゃないか。そんなわけにはいかない。女はやっとのことで、つかんだものを守ろうと必死だった。
 阿呆は阿呆どうし仲が悪い。水と油と言うよりも、磁石の同じ極、S極とS極、N極とN極が反発するようなものだった。
                                                        
 捜査線上に浮かび上がる。
 外科医のカルテ
 博打で作った借金
 警察内部の腐敗もあり、捜査はなかなか進まない。
  
 外科医と女の目撃情報
   
                                   
 外科医は患者の前の顔を知っているので、躰を求めるようなことはしていない。
 手術の前に術後のイメージ画像を作るので、手術前の写真が残っていた。
 ホシに子供が生まれる。女の子だった。父親にも母親にも似ていない。旦那は誰にも似ていない子供を抱き、疑心暗鬼になる。
 いったい、誰の子だ?   
 しかし、嫁が浮気をしている形跡はまったくない。
 思い過ごしか? 
「私の死んだお祖父さんによく似てるわ」
 嫁が言う。
 そんなものかな。
 しかし、昔のことなので祖父の写真は残っていないという。
 嫁にとって幸いなことに、実家が昔、火事で焼けてしまった。
 旦那は家庭でも嫁に対して疑心暗鬼。
 結婚のときは周囲から猛反対された。
 曰く、家柄が違う。
 曰く、向こうは高校しか出ていない。アンタ、大卒よ。しかも、その辺の私立じゃない。
日本でも超有名で授業料も高い慶徳大学よ。芸能人のOBだっていっぱいいるし、財界や政界にも卒業生は多いわ。あんな女のどこがいいの。
 特に反対したのが母親だった。
「こんな女を我が家の一員にするくらいなら」
 と言って山のような見合い写真を持ってきた。

 捜査線上に浮ぶ。女は整形をしたことを隠していたが、経歴--、高卒であることなど、男と釣り合わないような部分でも話していた。この辺に関しては嘘はなかった。
 
 夫婦仲も良かったのだから、別に本当のことを言っても良かったのではないか、と私は思うのだが--。

@旦那と外科医はゴルフで知り合った。
@人を介して知り合った。(ゴルフ?)
@仕事で知り合った。(旦那の仕事医薬品セールス?)
 嫁、医療器械販売会社の事務員
      
 医者は通常、患者に対して守秘義務があるものなのか。
                         うのです。 何も知らない旦那は知り合ったドクターを家に連れてきた。ドクターも少しびっくりした顔をした。
「何だ。どうした? 
「いえ、別に......」
「小杉さん。家内です」
「あ、どうも......」
 普通ならこういう場合、初めましてというのかもしれない。現に初対面を装うなら、そういうべきであったろう。しかし、咄嗟には小杉の口からそんな言葉は出なかった。
「おい、紅茶を頼む。俺のは温め(ぬるめ)でな」
 嫁は奥の部屋へ行った。
「外国へ行った友人から美味い紅茶をもらいましてね。小杉さんに 二人は客間のソファにもたれてとりとめのない話をしていた。
 嫁が出てきて紅茶を出す。
「どうぞ」
 と言ってカップを差し出していた掌が小刻みに震えていた。
 旦那は紅茶を買ってきてくれた友人の話に夢中になり、妻の手の震えには気づかなかったようだった。


 殺された医師は整形費用を払えない女に知り合いの高利の金融業者を紹介していたという。払えない女に美人局のようなことをやらせていたこともあったという。
 それが高じて紹介した女を結婚させ、その家の財産を狙わせるということになったらしい。
 女衒のようなことをしていたというのか。

 カルテにある女どもは、皆一様に口を噤んだ。顔を整形したことを知られるのは、やはりマズいのだろう。

                       
 男が女を結婚相手に選んだのは、見てくれ、--美貌、それだけだった。
 旦那は三十前にして既に、いわゆる若ハゲでデブであった。経歴、経済力、家柄、申し分なかったが、学生時代は、卒業してからもまったく女にモテなかったという。
 結婚するときは周囲に、
「男でも、女ならなおさら、生まれてくる子供は俺に似てほしくない」
 と言っていたという。

 結婚してからも嫁と姑の仲はうまくいっていなかった。


 銀行口座から二百万円が引き落とされている。いったい何のために? 次の日にはまた二百万円が振り込まれている。
   
 結婚式に出席した新婦側の人間には高校時代の友人は一人もいなかった。
                   
 2           
 新しい職場で知り合った同僚がほとんどだった。ほとんどと言っても医療機器を扱う小さな会社ですから二三人らしいですが・・・。                 
『        』                        
 株式会社 山仁医療商会へと足を運ぶ。履歴書を見せてもらう。 経歴 

 xxx小学校卒
 xxx中学校卒
 xxx高校卒
 株式会社  商事入社
 株式会社  退社、現在に至る。
 
 電話で前職に問い合わせ。一身上の都合としか聞いていないという。   
              
 履歴書に貼られた顔写真は現在のXXXの風貌である。高校の卒業アルバムに写っているものとは別人のものだった。         江里子は二人いる? 
 もしかして北朝鮮のスパイが入れ替わったのか。公安に問い合わせる。
 スピード違反をしたときの指紋が記録に残っていた。それ以前のものも、それ以降のものもまったく同じだった。同一人物と考える方が自然だろう。
 そのような情報はつかんでいない、との返答が返ってきた。

 全身整形、脂肪吸引、一重を二重に鼻梁を通す。顎を削る。躯をほとんど全部弄っている。
 かなりの金額がかかったであろう。

 殺されたドクターが女と旦那を引き合わせる。代金は旦那の口座から少しずつ抜き取ることを条件にして。
 女にしてみれば願ったり叶ったりの話だったかもしれない。美しくなれて結婚相手も見つけられる。
 災難だったのは旦那だ。美術品の贋作をつかまされるよりたちが悪い。
 整形が終わった後の女の顔写真を持って旦那のところを訪れた。普段なら人物が卑しいとして近づけなかった    だが、悪い話じゃない、といって持ってきた。
 整形外科医が持ってきた話なのに疑わなかった?   
「やっぱりボンクラだぜ」
 幸せをつかんだ女が邪魔になった外科医を殺した。
「それで幸せをつかんだ女が邪魔になってドクターを殺した、と・・・。そう考える方が自然じゃないですか」
           
 刑事、女の高校のときの写真を入手。そこには現在の江里子とは似ても似つかない顔があった。相撲取りのような体型とでも言うべきか。胸よりも腹が出ている。切れ長の一重瞼の上にはセンスの悪い眼鏡がのっている。色は浅黒く、お世辞にも美人とは言いがたい。「誰です? これ」                     
「貴方の探しているアイツよ」
 メンソールの煙草に火をつけて     は言った。煙と言葉が同時に口から吐き出された。
 高校のときの仇名「ジャイコ」
「ジャイコ? 何ですか、それ」
「漫画にドラえもんってあるでしょ。あれに出てくるキャラでジャイアンってのがいるでしょ。あれの妹の名前が"ジャイ子"なんですよ」
 刑事は思わず笑ってしまった。仇名をつけた人間のセンスに脱帽した。
「いったい、誰がそんな風に呼びはじめたんです」
「さあね、誰ともなく言いはじめたんじゃなぁい」
「......判りました。御協力ありがとうございました」
 これで手がかりがひとつ、つかめたことになる。
 一重瞼の鈍重な目つきでこちらを睨みつける貌があった。

 名前を確認して自分の身分を告げた。
「署まで同行願いたい」
「ダイエットに成功しただけよ」


 手術に耐えれるか、どうか。適性をみる。結果は一週間後だ。
               
          
   
                           
 人間にとっての美の基準とはいったい何だろうか。私は考え込まずにはいられなかった。近代化する前の中国では小さい足の女がもてはやされ、そのため纏足という習慣が生まれた。
 アフリカや南洋の国々では太っている方が美しいとされる。しかし、日本では醜いとされる。その同じ日本でも過去の歴史においては、--例えば平安時代などではいわゆる、お多福顔が美形とされていたし、源義経の時代には偏平な大陸系の顔がもてはやされたと司馬遼太郎の小説で読んだことがある。
 あの女も時代と場所が違えば美人とされていたかもしれない。
 芸術家がよく言う。美の中の醜、醜の中の美とはいったい、何だろうか。
                              
? 

 3       
 トリック? 
 整形した女は急に性格が明るく、派手になった。
 クラブで踊っているとき、照明の光が鼻にあたる。鼻だけが暗闇に夜光虫のように光り輝いたという。                (ここからバレる?)
   
 人生に与えられた時間。
 男はポテンツが落ちてきたと言っても上原謙のような例もある。
女性には閉経というのがある。これを迎えてしまうと、もう子供は産めない。若いうちは無限にあると錯覚しがちだが、人生に与えられた時間は有限である。ぼやぼやしていると瞬く間に時間だけが過ぎ去り、人は置いてけぼりをくってしまう。
 俺だって  知らぬ間に頭に白いものが目立ちはじめた。
 歳は取りたくねぇもんだ。

       
 劣った遺伝子
 私は人にとって子孫を残す。あるいは結婚制度というものに考えずにはいられなかった。
 江里子のような醜女、あるいはブ男は異性にとって魅力がない。ということは結婚しない、できないということである。男の場合、経済力もあるから一概には言えないかもしれない。むしろ男の場合は経済力の方が重要かもしれない。旦那の男振りに惚れて結婚したは良いが経済的にやっていけなくなり、離婚そして身を持ち崩した犯罪に走った人間を職業柄今まで数限りなく見てきた。
 人に取って子孫を残すことだけが義務であれば動物のように食って、交尾だけしていれば良い。しかし、人間は避妊具を使ってわざと妊娠しないようにする。あるいは中絶したりする。これは現代に限ったことではなく、昔の農村では「食わせられないから」という理由で間引き、子消しといったことが行なわれた。こけし人形はその名残りである。
 人(ホモサピエンス)にとって性交渉とは快楽を求めるものであって、子孫を残すことではない。かと思うとクローン動物を作ってみたり、人工受精で妊娠させてみたりする。            私は特定の宗教を信じるものではない。普通の日本人と同じく正月には神社に初詣でに行き、年の瀬にはクリスマスケーキを買って家に帰る。
 しかし、もし仮に神が人間を造ったとしたならば、何故、人に性欲というものがあるのか。何故、時間と社会によって淘汰されなければならない人間までこの世に生を受けて誕生したのか。
 人が母親の胎内から血まみれになって生まれてきた意味は何なのか、考えざるを得なかった。
 自然界においては、どうなのだろう。環境に適応できず絶え滅んだ恐竜やマンモスのような種もある。
 

 私はクルマに乗った。キーを回し、エンジンをかける。何気なくラジオを入れた。
『エー、九州のxx大学の研究室がロシアの研究チームと合同で冷凍保存されている体細胞からクローンを作ることに成功しました。
 今後、共同プロジェクトとしてシベリアの永久凍土に保存されているマンモスの体細胞からクローンを作る実験をしていくことを正式に発表しています。しかし、マンモスの体細胞は保存状態が悪く・・・・・』
 クローン人間などSF小説だけの話だと思っていたら、いつのまにか技術的には可能になってしまっている。
                          
 独身の人間はすべて劣った遺伝子なのか? そうではないだろう。北方賢三は独身だ。では、北方賢三は劣った遺伝子なのか。
否、そんなことはないだろう。長者番付にも載っている高額所得者だ。劣った遺伝子なら、こんなに稼ぐことは不可能だ。
 ただ、婚期を逃しただけだろう。

 田中康夫のようにカネも地位もありながら、複数の女性とセックスだけして子孫を残さない。これは、いったいどういうことなのだろう。
     
 では、ゲイやレズビアンはどうなのか。人にとって子孫を残すことが義務ならば子孫を残すことがない同性愛者は社会にとって、どういう意味を持つのか。戦国時代には信長と利家も衆道の関係にあったという。古代ギリシャにおいては肛門性交が普通のことで女性器を使った、現代においては普通の行為も汚れたことだとされていたという。人にとって子孫を残すとは何であろうか。

 クレオパトラ、毒ヘビに噛まれて死ぬ。
 楊貴妃、マリリン・モンロー、すべて無惨な死に方。
 高いところに昇った人間ほど落ちたときは即死。

 浮浪者、彼らにも当然、親はいたであろう。母親は痛い思いをして産んだ自分の子が浮浪者になると産んだとき想像しただろうか。 それとも、彼らの親もまた劣った遺伝子だったのか。
                       
 淘汰される遺伝子。繁殖する遺伝子。
 強い遺伝子を持つ人間はパートナーに自分と同じような強い遺伝子を持つ者を選ぶ。劣った遺伝子を持つ者は子孫を残せないか、同じような劣った遺伝子とくっつき取り敢えず(・・・傍点)子孫を残す。   
 劣った遺伝子を持つ者は社会と時間によってますます劣勢になる 彼らが一発逆転を狙うとすれば突然変異しかないのか。
 ダーウィンの進化論ではどうだったか......。
 私は学生時代の理科の授業を思い出そうとした。
 彼らが淘汰されるのが、社会のためなのだろうか。
 彼らは産まれてこなかった方が良かった存在なのか。
『次は高田馬場ァ、高田馬場ァー』               電車が駅に滑り込んだ。
 自分がそんな人間じゃなくて良かった、と胸を撫で下ろせば、俺はそれで良いのか。
 今、この国には社会ダーウィニズムが根づこうとしているのではないか。社会の底辺で這いずり廻る生き物は、死ぬまで泛かび上がることはできないのではないか。
 
 茶髪の男と女がガキを連れて歩いているのが、目に飛び込んできた。見るからに頭の悪そうな連中だ。・・・でも、子供を連れている。
 ・・・じゃあ、こいつらは優れた遺伝子なのか。
 動物よろしく、勝手にさかって勝手に増えただけじゃないのか。
   
 見てくれだけ良ければ、頭パーでも性格悪くても構わないのか。

 性交、快楽のみ。子孫を残すためのものではない。
 虐待、自分で自分の子を殺す。
 
 自分が育った家庭環境を思い起こしてみた。新興の団地。どこにでもある風景。子供は......どこの家庭でも二人だったような気がする。なぜだろう。答えは簡単だ。二人までしか育てることができないからだ。子供の人数を決めるのは経済力、つまり一家の主たる父親の給料袋の厚さであって、父親と母親ではない。
 それ以上はたとえ産んでも育てきれないからだ。バースコントロールがこの国に根づいたのは何時くらいからだろうか。

               
 嫁と旦那はインターネットの出会い系メールで知り合う。
 結婚式でも二人の馴れ初めは言わなかった。ただ、二人で旅行した九州のスナップや幼いときの写真を映写機で流しただけである。 二次会がはけた後、友人が、
「どこで知り合ったの?    」
 と訊ねると、
「ネット」                      
 と耳打ちした。
 友人は非常に驚いたという。

「出会い系メールがこれだけ流行っているとはいえ、まさかそれで結婚するとはねえ」
 
 俺はヤリたくなったので所轄の風俗店に出かけた。警察手帳を見せれば、あるいは見せなくても、タダでできる。テメエのところは売春行為をやっている、と言えば一発だ。みんな知っていることだが、俺たちにとっては大事なことだ。
「よう、店長。儲かってるか」
「い、いらっしゃいませ」
 露骨に厭な顔をした。
「わかってるな、遊ばせてもらうぜ。イイ娘つけてくれよ」
「かしこまりました」
・・・・・・
 俺は二時間いっぱいただで遊んだ、本当は九十分、二万五千円の店だから三十分ぶんは延長料金を取られるずなのだが、俺たちには関係ない。
 なかなか、イイ女だった。アッチの方も狭くて気持ち良かった。
 女優や風俗嬢は「美」を売り物にする職業だ。見ばえが華やかならば、それだけで成立する。女優の場合は演技力等が必要とされるかもしれないが、ひとまず置く。
 では、「醜」を売り物にする職業は・・・お笑いくらいのもか。女子プロだって美形は善玉でビア樽のような巨漢は悪役と決まっている。逆のパターンは聞いたことがない。

   
「ねえ、アンタ。石原慎太郎の小説読んだ? 『僕は結婚しない』結婚したくってしょうがない私みたいな人間がいる一方で何人もの相手をキープして敢えて結婚しない人間もいるのよ。何か変だと思わない。不公平じゃない。世の中、それでいいの! 」

 私は釈然としない何かを抱えたまま、憂さを晴らすべく安いカネで呑める店へと足を向けた。財布の中身を確認したが、たぶんいけるだろう。給料日まで、まだだいぶある。足りないようならツケにしてもらえばいい。『江戸むらさき』はツケのきく私の行きつけの店だ。         
 暖簾をくぐると女将の愛想の良い「いらっしゃいませ」の声が飛んでくる。
 カウンターに座った私は上着を脱ぎ、一息ついた。注文を取りに来た女将に熱燗を頼み、あとは適当に見繕ってくれるように頼んだ。「久しぶりね」
「そうかい」
 社交辞令のような意味のない会話をする。
 女将が木の盆に銚子をのせて運んできた。
 手酌で呑み、付きだしを食う。豆腐と野菜の煮物だった。ここ、しばらく割箸でしかメシを食っていない。すべて外食だ。塗り箸を使ってメシを食った最後が果たしていつだったか、正確には思い出せない。
 アルバイトらしき女が季節の魚をのせた皿を運んできた。
 無言のまま私は出された料理を口に放り込んだ。味がまったくしなかった。
 銚子を数本空けた。
 したたか酔った私は勘定を済ませ、往来に出てタクシーを拾った。
 タクシーに乗る。
「私なんざ、生まれたからには子孫を残すのが義務だという気がしますがねえ。もっとも、こっちの方は親に似てからっきしダメですがね」
 運転手はそう言ってこめかみを指さした。
 矢張り、頭の中身も遺伝するものなのだろうか。
「生まれてくるときは健康なら、男でも女でもいい、とか何とか言っていたカカアも大きくなるにつれて勉強はできた方がいいとか、アンタもスポーツ選手になって大金を稼いでくれとか、好き放題ぬかしましてね、今じゃ、ガキの方もすっかりグレちまって家にも寄りつきませんや」
「・・・そんなもんでしょう。親なんて」
 黙って聞いていた私は相槌をうった。

           
 顔を整形しても遺伝子そのものが変わるわけではない。遺伝子組みかえ技術やクローンのことが昨今、何かと取りだたされているが、これも生まれる前の段階の話であって、生まれてからの話ではない。表面の造作だけ作り変えればそれで済む問題なのか。
                  
   
「国だってそうよ。出生率の低下は政府として大いに憂えるべきことだとか、何とか言っても私の結婚を何とかしてくれるわけじゃないのよ。政府が私と結婚してくれるわけでもないし、相手を世話してくれるわけでもないのよ」
          
 『         』
                 
   『     』
〈〉
       
『    』 〈〉           
           
   
「医者との結婚よ! 今まで男に洟もひっかけられなかった女が舞い上がるのも無理ないでしょ」

 新郎はネットで知り合ったことを親には言ってなかったらしい。友達の紹介とか何とかごまかしたという。
 新婦の方は一応、親にはネットで知り合ったと言ってあったらしい。
 取調室。汚いグリーンの壁。
 恰度、椅子が向かい合わせになるように置かれている。

「紳士協定だったはずだ」
「どうせ、俺は紳士じゃねえよ」
   は約束を反故にした。

 充血した目に目薬をさした。

 社会に適応した人間。
 環境に順応した人間。
 社会から必要とされない人間。
 環境から疎外される人間。
 同じ人間として、この世に生を受けながら何故こうも違うのだろう。
 シワは浅くはなるが、消すことはできない。皮膚を引っぱる。

 頬、フェイスリフト。
 コラーゲン注射。

 顔は脳の一部だという。ではブサイクな人間は脳もブサイクなのか。

 解剖の結果、死因は検視の所見通り、鈍器による頭蓋骨陥没骨折、脳内出血を伴う脳挫傷、死後経過七日乃至十日、格闘による損傷は認められず、薬毒物服用の痕跡もない。
 被害者が現場で殺害されたものか、あるいは他の場所で殺害されて死体を運ばれてきたものか判定できない。
 死者の特徴が県警の照会センターに回された。


『      』
 齢とともに美は醜に変わる。そのとき整形した女たちは、そのことを受け入れることができるのだろうか。

 犯人は新潟生まれ新幹線で帰省すると言っていたのに、クルマを運転して帰った。
 犯行に使ったクルマは二束三文でロシアに売られた。港から積み出されるクルマには盗難車も多い。近場でやるとすぐに足がつくので遠くは広島、鹿児島、大阪などで盗まれた高級車も紛れ込んでいるという。
「盗難車だって多いんだ。誰も気にかけやしないよ」
 港から積み出されたあのクルマは今では海を渡り、ウラジオストック辺りを走っているだろう。

『美への憧憬』、洋の東西を問わず、女たちは美しくなろうと努力してきた。花魁は水銀を含んだ有害な白粉を顔に塗って美しく着飾った。現代の女たちは美しくなろうと親からもらった遺伝子--、顔にメスを入れ、美しくなろうとする。
 誰のために?    男のために、--それもあるだろう。でも、結局は自分のためなのか。男どもにちやほやされる自分に酔い痴れてみたいだけなのか。......答えは私には解からない。ただ言えることは男どもは、その時代、文化のなかで美しいとされる女たちを追い求めてきた。楊貴妃やクレオパトラのように、その美貌のため国を傾かせてしまったこともある。ビル・クリントンもモニカ・ルインスキーとのスキャンダルで後世まで汚名を残すだろう。
 そんな話にとんと縁のない俺は、うらやましいような気もするが、実はかえって幸福なのかもしれない。
 人にとっての幸福とは、そもそも何なのだろうか。

 サンダル履きに膝まである白衣。夏はその下にポロシャツ、冬はセーター。
 薬九層倍は昔のこと。条件、キャッシュバック。
 卸のセールス。引っ越し手伝い。掃除作業。
 新薬、分子構造がほんの少し違う。薬価は年々下がる一方。上がることはまずない。新薬を"入れて"いかないと売り上げの数字が伸びるどころか、下がる一方になる。新薬発売と同時に売上高だけでなく何軒の予約を取ったかのノルマもある。軒数のノルマでは大きい病院で"入れて"も一件、小さなところで"入れて"も一軒、軒数確保にやっきになる。
 村田老医師は、滅多なことでは新薬を採用しない。薬屋との義理や、カネでは転ばない。新薬が発売されて数ヶ月するとメーカーから「副作用情報」が流れてくる。これが流れてきてからでも遅くない。
「入れる? 」
 私は卑猥な想像をした。
「この業界では薬を売るとは言わずに、入れるというんです。証券会社なんかだと、ハメる、とか言うでしょ。それと同じですよ」
 この業界の慣習が少しだけ解かったような気がした。
「昔は人殺し以外なら何でもやるとか言われましたけどねえ、今じゃそこまでやるヤツはいませんよ。それでも僕らは自嘲気味に士農工商、犬、薬屋なんて呼んでますけどねえ」
 新薬、卸にメーカーからリベート。(アロアンス)

          
 殺された害者と村田医師はどこかで出会わなければならない。

 絹の帽子をかぶったような美しい白髪頭の老医師。その息子が女の旦那? 
   
 自宅を訪問したとき、何気なく見ると玄関の下駄箱の上に石が置かれてあった。河原で拾ってきたような何の変哲もない石だ。その石には、
『我の中に生きている先祖。我の中に生きている子孫』
 と刻まれている。
「何ですか、これ? 」
「ま、座右の銘かな」
「どういう意味です」
「ま、玄関では何ですから、こちらへ」
 そう言って老医師は我々を手招きした。
 妻らしき女性が茶を運んできた。失礼だが、あまり賢そうには見えない女性だ。およそ、医師の妻らしからぬ化粧っ気のない顔。乱れたままで束ねることすらされていない白髪。だらしなく緩んだ口元。

「ま、出来の悪い息子ながらもねえ・・・」
 近所の評判、地元でも有名なボンクラ、不良性はまったくないが、バカだという。
 悪い仲間とつるんで何かをするということはない。

「私はあまり乗り気ではなかったんだが、息子がどうしてもと言うんでね。仕方なく認めたんだ」
          
(村田先生は美容整形外科医?)出来の悪い息子。Drではなく母親に似る。風貌も母親似だ。
 今現在の自分が在るのは、代々の先祖があるからだ。父親と母親で二人。その親、祖父、祖母を入れて四人と二人で六人。そのまた父親と母親............。それこそ天文学的な数字になる。この中のたった一人でも欠けると、今の自分は存在しない。そして自分もまた未来の子孫にとっての先祖なのだ。我の中にある先祖も天文学的な数字だが、我の中にある子孫もまた、天文学的な数になる。
 自分の息子のできが悪いからといって、自分が親としての義務を放棄するわけにはいかない。
(娘、父親似。Dr,に似て賢い。国立の理系卒)         
 たとえ、できの悪い息子であっても、その中にあまたの子孫が息づいているのだ。自分の先祖の中には立派な人物ばかりではない。中には人殺しや強盗もいるかもしれない。しかし、それでも自分の先祖なのだ。この中の一人でも欠ければ自分は存在しないのだ。そのためにも自分の代で息子の人生を終わらせてはいけない。
(息子、地元でも有名な私立の阿呆な高校。その高校で特別に授業料を払いマンツーマンで勉強をみてもらっていた。小学校のときは特殊学級に入れられる寸前だったらしい。
 高校卒業後はこれまた私立のカネがかかることで有名な医科大学を八年かかって卒業。医科大は学生が百パーセント医者の息子というボンボン学校。
 
 病院の診察室の机のデスクマットには、

 高血圧、ヘルベッサー
 カゼ、セフゾン
 排尿障害、前立腺肥大、ハルナール
 骨粗鬆症、オステン
 胃炎、ムコスタ・・・
                 
 薬の名前が症状別に書かれていた。
「まだ、保険のレセプトのことがよく判っていないもんだから・・・」
 と老先生は言ったが、実のところ付きっ切りで指導しているのだろう。こんな風に診察されたのでは患者にしてみればたまったものではない。
   
 大学病院にもあたってみた。医局からはダメ印を押されてほとんど仕事らしい仕事はさせてもらえなかったという。教授が論文を書くときに資料の整理をする程度だったという。       
 それでもクビ(かくしゅ)されなかったのは父親が多額の寄付をしていたからだという。
 噂では小学校のときは自分の名前も漢字で書けなかったという。
  
「結婚したくてもできない女の気持ち、アンタにわかる! 好きな男に暑苦しいって言われる気持ち想像できる!? 出っ歯が伝染るからキスしたくない、って言われる女の気持ちアンタにはわからないでしょ!    」
 微笑んだら、笑顔が醜いと言われた。

 結婚を機に大学病院を辞して、こっちに戻ってきたという。老医師は息子のために駐車場をつぶして新しい建物をたてた。古い建物は取り壊して駐車場にした。今は二人で診察をしているが、ゆくゆくは良くあるように1診、2診として二人で診察。更には老医師は往診だけにして引退するつもりだったという。
 出入りの医薬品卸の証言で明らかになった。
                           
「自分の顔なんだから、別にいいんじゃないの。スポーツ選手だってプロテイン飲んだりして躯を作りかえたりしてんだから。女優が皺取るのと何も違わないわよ」
                             
を支配しているのは未だにドラゴン秩序なのです。    イヌ科、特にジャッカルの攻勢が激しさを増すなか、トカゲとヘビは相変わらず派閥争いと共喰いに明け暮れています ライオンにすれば爬虫類の頭の硬さは時代錯誤もはなはだしい、許し難いもの もし、トカゲ半島がイヌ科の縄張りになればライオンはひとたまりもありま ライオンは頼りにならない隣人にイラつきました。少しでも自分の周囲   
 指名手配 コンビニや交番の前にポスターが貼られる。整形しただけあって相当の美形だ。

 確か、森川という医師だったと思う。日本の整形外科医の草分けだったはず。その人によると日本人の顔にはいくつかの法則があるという。
 例えば、左が薄くて右が厚い。左目の瞼が薄い。片方だけ二重の場合左目が二重で右目が一重。
 プロテーゼ。鼻梁に入れる。
 鼻唇角(びしんかく)と呼ばれる鼻と鼻の下の線の角度。これが整形されていない場合、九十度以上の鈍角になる。ところが整形した場合、鋭角、九十度以下になる。
 プロの整形外科医がみると、一発で判る。
 美しくしたはずの顔で醜い過去がバレてしまう。芸能人の整形もテレビを見ただけで判るという。

 新聞記者が取材に来ていた。ハイエナのような嗅覚だ。どうも、俺はこの長崎という記者が好きになれない。警察発表を垂れ流すだけの昨今の記者とは違い、自分で裏を取り、今どき珍しく夜討ち朝駆けをする。この手の連中はやりづらくて仕様がない。

されるのも時間の問題      難しいことのようでした。彼らの頭の中を安定させてイヌ科を遠ざけるため、ト           
                   
      
 ラスト
 女は逮捕される。化粧も崩れて見るも無惨な顔だった。腰縄をつけて連行。ベルトや金気(かねけ)のあるものはすべて外す。
 子供の親権は父親に。子供はまだ小さいから何が起きたのか理解できないだろう。
 女とは離婚。
 最後、
「こんな顔に生まれたくて、生まれたわけじゃないわ! 整形して幸せになって何が悪いのよ」
 ......、これで本当に良かったのだろうか。
「オマエは職務を遂行しただけだから・・・」
 と言って相方を務めた柴田が俺の肩を叩く。

 俺は誰も待つもののいない安アパートへ戻った。階段をのぼり二つ目のドア。鍵を開け、暗い部屋に蛍光灯のスイッチを入れる。
 途中、コンビニに立ち寄って買った弁当とペットボトルの茶を袋から取り出す。俺は何も考えないようにして、合成添加物でまみれた弁当を貪った。むせそうになるのを茶で流し込む。ここしばらく、店屋物とコンビニ弁当しか食っていない。
 心が渇く。
 --女房と別れて三年ほど経つだろうか。食器棚の上に置かれた三年前には小学校四年だった息子と目が合った。・・・元気にしているだろうか。
 ......今年は中学生か。
 誰に言うでもなく独りごちた。
 あれが俺の遺伝子を受け継ぐ、唯一の存在。俺の生きた証。
 ・・・しばらくぶりに面会でもしてやろうか。・・・権利はある。でも、別れた女房が厭がるだろうな。とっくに再婚して新しい家庭を築いているんだから。やっぱり、やめておこう。

 俺は昨日と変わらぬ今日をおくるべく、仕事に出かけた。
                   
 参考文献

 推理小説作法    土屋隆夫 光文社
(赤の組曲 土屋隆夫 光文社文庫)
              


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